シリーズ『えーと、俺の名前は山川幸雄』第六話
俺の名前は山川幸雄(58)。
趣味は自転車。無職、牛乳配達屋さん(臨時)。未だ生活保護受給者。
俺は今日、風呂に入るんだ。
月に一度、入るんだ。
ボロ屋の風呂は10年前にボイラーがイカれて破壊したんだ。
だが俺も弟も母ちゃんも、それほど驚かなかった。
もともと風呂には入らねぇ主義さ。疲れるからな。
疲れると腹が減る。腹が減っても食うものはないからな。
それはきっぱりとした事実だ。
俺は、近所に出来た福祉施設の共同大浴場を利用する主義さ。
ひとっ風呂が50円だ。俺は50円で湯あたりするまで入るのさ。
だから「50円温泉バタンキューまで」と俺は呼んでいる。
母ちゃんはバタンキューしちまったら、そのまま目を覚まさないだろうから、温泉には連れて行かねぇ。
綺麗なタオルでゴシゴシ拭いてやればそれでさっぱりした顔してやがる。
「いい湯だよ、幸雄ちゃん」ってい言ってら。
弟は閉じこもってるから、どうしてんだか、それは聞かない事にしている、俺は。
俺は昨日の夜から「50円温泉バタンキューまで」に行く準備にいそしんでいた。
「スーパー麻生」のビニール袋に入れていくんだぜ。
「スーパー麻生」はバカ高い国産品しか売ってない店だ。
俺はそこで買い物する事がちょっとした夢なんだが、もちろん夢で終わるはずだ。
ビニール袋は風に乗って俺の所までやって来たんだ。
ある晴れた夏の午後だった。
俺は風に負けじと、その袋を掴んだのさ。
ちょっとばかりジャンプしたぜ。
いつでも俺はこうなのさ。
向こうから夢が近づいてきやがる。
でも大抵、中身はカラなんだがな。
夢っぽい夢ってやつだ。
上っ面だけは、どっからどう見ても夢みたいなもんなんだが、それ以上のもんはない。
でも俺は満足さ。
夢が実現しようとしまいとさ、どうせ夢の話なんだぜ。
見れるものは見とかないとな、タダなんだし。
弟は暗い部屋で、「そんなの虚しいよ、バカ兄貴」って言ったよ。
虚しいってなんだよ、俺にはさっぱり分からねぇ。
「それは、意味がないって事だよ、バカ兄貴」ってきたもんだ。
だから俺は言ってやったよ。
「それなら俺にも分かるぜ、その気持ち。俺ほど意味不明な男はいねぇからな。値打ちもんの人間ってのは、そいつが死んだ時に決まるんだぜ。俺は、意味も値打ちもねぇ人間だ。
でもさ、死んだ当人には、わかりゃしねぇ、そんなこたぁ。だからさ、死ぬまでみんな虚しいんだぜ。じゃ、俺は『50円温泉バタンキューまで』に行ってくるからよ。せいぜい虚しんでやがれ。」
弟はちょっと、変わり者だな。
頭が良すぎるとダメだな。
風呂にも入らねぇ、クセェ学者さんだよ、まったく。
俺は昨日、用意していた温泉セットをカゴに入れた。
もちろん、スーパー麻生のビニール袋に入れてな。
スーパー麻生の文字がカゴの外側になる様に入れたよ。
ちょっとしたステイタスを味わうつもりか、俺は…。
自転車でかっ飛ばして風呂屋を目指した。
『50円温泉バタンキューまで』に着いた頃には、もう汗だくだった。
こりゃ、風呂に入る甲斐があるってもんよ。
得した気分だ。
俺はスーパー麻生の袋から、タオルと石鹼を持って、大浴場に入った。
誰もいねぇ、こりゃいい。
俺はとにかく湯の中に肩まで浸かりまくった。
思いっきり浸かりまくった。バタンキューする前に髪と体を回ずつ洗うんだ。ゴシゴシゴシゴシ。
まったく、泡が黒いぜ。ようやく泡が泡らしい色になったんで、気の済むまで湯あたりするぞ。
2時間後~~~
俺はバタンキューだ。
このくらいがちょうど良い、満足だ。
俺は綺麗になった体で自転車に乗って帰ったよ。
汗びっしょりだ…。
発汗作用だ。
虚しいよ、俺は初めてそう感じたもんさ、チャンチャン。
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